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私は、誰にとっての「良いお母さん」であればいいの?

私は家事が嫌い。そう思うこと自体、苦しかった


私は、なぜかお母さんになった瞬間に掃除もお料理も洗濯も育児も、そつなくこなせると思っていました。

そしてそうでない人は、努力して「そつなくできなければいけないし、嫌いだなんて思ってはいけない」と思っていました。

ず〜〜っと、好きになれない罪悪感と、努力できない無力さに、今思えばエネルギーを取られ続けていた気がします。

私の周りは、みんな「できるお母さん」だったし、口では「私家事苦手だよ〜」なんて言っていても、家ではちゃんとやっていると思い込んでいました。心から言っていたかもしれないのに。

「マザーズコーチングスクール認定講師」や「なやっぽ代表」という肩書きが増えたことで、私もそんなふうに「できるお母さん」だと思われる機会が増えました。

「すごいね」「私にはできない」と言われることもしばしば。

私が「すごい人」ではないのは、子どもたちが一番よく知っています(笑)


そして私自身、こういった肩書きがあるからこそ、「できるお母さん」でなければいけないと感じていた時期もありました。

ただ、どうがんばっても、やっぱり私は家事が苦手(笑)

子育てだって、今もたくさんの壁を感じながら、悩まない日はないくらいです。

どんな方法だっていい。自分に合う「自分を整える方法」を知って欲しい



なやっぽの代表をしていて思うのは、お母さんが自分らしく子育てができるために何を選ぶのか、方法はなんでも良いんです。

それがコーチングでも、食育でも、絵本でも、ヨガでも。
宗教だっていい。

それがたまたま、私は「トラストコーチング」だったというだけ。

「トラスト」つまり「信頼」をベースに自分を深めるコーチングを知って、私は私を、少しだけ信頼できるようになってきました。


先日、なぜ私はこんなにも「トラストコーチング」に魅力を感じるのか、考えてみたのですが、私は「信頼」という言葉への憧れが強いのかなぁと思います。

ですが「自己信頼」なんていう言葉を聞いたのはまだ1年も前ではなく、何度聞いても忘れてしまうくらい、私にとっては聞き慣れない、聞いたこともない言葉でした。


そして、次に感じたのは「自分のことを信頼してる人なんているんだ」ということでした。

自己信頼=過信しか、知らなかったのです。

「自分のことを自分で認める」とか「自分を信じる」とか聞くだけでモヤっとして、こそばゆい言葉でしかありませんでした。

自分を信じた先にあるもの

では、自分を信じた先に何があったかというと・・・

「今までできなかった、子どもたちを信じるということ」です。

これまでも、子どもたちを信じていなかったわけではないし、信じたいとずっと思ってきました。

ですが、特に母としての不安が先に来てしまった時、子どもたちを信じることができていなかったな、と今ならわかります。


例えば、子どもが学校に行きたくないと言う時。

親としての不安や、自分が経験したことのないゾーンに子どもたちが行ってしまう恐怖。

自分は学校なんて行くものだと思っていたのに、「行かない」選択をするこの子は、将来どうなってしまうんだろう???

心底、感情を揺さぶられ、不安に駆られる瞬間です。

それは今でも、そうです。

その不安をそのままぶつけてしまうことが、今でもなくはない。


これまでと違うのは、その不安がどこから来るのか、今、自分が何に怯えているのかがわかってきたことです。

漠然とした不安を、漠然としたまま感じていると、どんどん増幅していきますね。


それに、自分でストップをかけられるようになったことが、私がトラストコーチングを学んで良かったと感じることの一つです。


自分が抱えている不安は、自分の課題です。

子どもの課題ではない。

ここを切り離すことができると、不安をそのままぶつけることは少なくなる気がしています。


子どもたちには幸せになって欲しいし、苦労してほしくない。


子どもを想う親なら、そう感じる方も多いと思います。

では、子どもにとっての幸せってなんでしょうか?

苦労って?

子どもたちが感じる幸せや苦労は、親と同じものなのでしょうか?


同じように、自分にとっての「良いお母さん」と子どもが思う「良いお母さん」は同じでしょうか?


何を大切に生きていくかは、人ぞれそれ違います。

子育てにおいて何を大切にするかも、人それぞれ違います。

それで良いと私は思います。


お母さん一人一人が、「私はここを大切に子育てをしています」と胸を張って言えばいい。


あなたが子育てで大切にしている想いはなんですか?


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