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自分の「当たり前」を知る、ということ

「みんな違ってみんないい」
ってみんな知ってる。

「誰かと私は違う」
ってみんな知ってる。

わかってるのに苦しくなってしまうこと、
ありませんか?

知識がある=理解しているではない

頭で理解できていることを、心でも理解できていると勘違いしてしまうと、
どんどん苦しくなっていってしまいます。


誰かの相談ごとなら

「自分と人は違うからね〜」
と簡単に言えてしまうことが

いざ、自分のこととなると
イライラしてしまったり
「なんでこんな簡単なことがわからないの?」
と感じてしまったり

「彼(彼女)と私は違うってわかってるのに・・・」

結局、自分の想いを押さえつけて、我慢して

なかったことにする


なんてことも少なくありません。

特に関係が近い人との関わりの中で
ここに頭を悩ませる人はとても多いです。

子ども
夫婦
両親(義両親)
上司
同僚

こういった深い関わりをする人に対しては、

自分の中で

「こうであってほしい」「こうあるべき」というような『期待感』
があることに・・・気付いていますか?

気付くだけで見えてくること、たくさんあります


例えばあまり深く関わらない人の場合は

「あ、ここの考えが私とは少し違うな」と思っても、
距離を取ることでトラブルを避けることができたり、
少し我慢すれば済む時も多いかもしれません。

ですが、距離が近かったり、毎日関わる人となると
そうはいきませんね。

毎回、同じところでイラッとする。

同じ人にモヤモヤする。

どうしても許せない言動がある。


この感情の裏には、どんな想いが隠れているでしょうか?

こうした感情を抱く場面は人によってそれぞれです

・・・ということは、この感情は自分の中から出てきるものだということ。

当たり前のようで、ざっくりとしか理解できていなかったり
関係が近くなればなるほど忘れがちな視点です。


このイライラ、モヤモヤから自分を開放することができれば
もっともっとご機嫌に生活できる、というわけですが、


自分の感情をご機嫌に保つスタートは

『自分の感情に、まず気付くこと』

つまり、

自分をイライラ・モヤモヤさせている原因は

『誰か』ではなく『自分』だということを認識する


ことが最初の一歩。

この一歩、めちゃ難しいですけどね(笑)

意見の違いは、良い・悪いではない

日本人はディスカッションが苦手です。

なぜならそういう教育を受けていないからです。

さらに、他国と比べて自己肯定感の低い日本人は、自分と違う意見を言われると

「否定された」と感じてしまいます。

かつての私もそうでした。

否定されたと感じるから、怒りで自分を守るしかない。

でもそれは、視点が少なすぎたせいだな、と今は思います。

自分の意見の良いところしか見えていませんでした。
だから、違う意見を言われると「否定された」と感じる。

最初からもっと多角的に自分の意見を持っていれば、
否定されたとは捉えず、視点の一つとして捉えることができたりするわけです。

そして自分の意見の良いところしか見えていないと、

「自分の意見が良、それと違う意見は悪」

というジャッジが入ってしまいます。

それがなぜなのか、この記事を書いていて考えてみました。

例えば挨拶。

小さい頃から私の家族は「おはよう」「おやすみ」など、
みんな挨拶をしていましたから、していない人と関わることがそもそもありませんでした。

さらに、学校では挨拶運動などもあって、「挨拶をするのが当たり前」

そして私に中ではいつしか、「挨拶してくれない人は感じ悪い、悪」

となったわけです。

なのに、です!
まさかの夫が、挨拶を当たり前にしない人だったのです(笑)

衝撃でした。

誤解を恐れずに言えば、なぜ私はこの人を選んだのか(笑)
生活の根幹ともなるべき挨拶に対する意見が違う人を、です。

特に子どもが生まれてからは、
「子どもが挨拶をしない子になってはいけない!!」
という強烈な使命感で、本気で喧嘩になったことも一度や二度ではありません。

職場などではしているようですから、家で、という限定なのでしょう。

ここがまた私としては腹立たしいわけで(笑)

挨拶はそれだけで承認になる、とも言われていますから、
承認されていないと感じているのかもしれません。

ただ、ある時から私はそのことで夫とぶつかることがなくなりました。

それは、彼が生きてきた過程に目を向けることができた時でした。

人はそれぞれ、その人の人生で起こったこと全てを背負って生きています。

その中で彼は、「家族には挨拶をしない」を選択しているわけですから

それに対して、私が良い悪いをジャッジする必要はない、と感じたからです。


私の当たり前は誰かの当たり前ではない。

それをより深く感じるためには、
自分のことも相手のことも『知る』必要があるのではないでしょうか?


トラストコーチングスクール代表の馬場コーチは
「相手に対する敬意の視点を持つ」
とよくおっしゃいます。

私が「トラストコーチング」に魅力を感じた理由の一つです。

自分が「誰か」や「何か」をジャッジしそうになった時
この視点がとても役に立ちます。
そして自分自身のこれまでの人生に対しても「敬意の視点」を持てるようになったことは
私の大きな成長にも繋がっていると感じています。



そして今日も夫には「おはよう」を言い続けます。
私には私の、大切にしたいものがありますから。

彼の大切にしている「おはようを言わない」選択の敬意を持ちながら。

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